そらの向こう側 ~Life of Cymbist~

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2010年 07月 21日

土佐カンランの里・宿毛

グラマトも一段落して、明日から山上げです。
少し遅くなったけれど、そんなにあわてる天気でもなかったですね。
明日から張り切って山通いです。

石田蘭園は片道3時間かけて高知県と愛媛県の県境付近の梼原町という所にシンビ達を避暑させに行きます。山上げ場の前の道が坂本龍馬脱藩の道になっています。
山上げ場から車で5分ほど登ると龍馬が脱藩したまさにその場所、韮ヶ峠があります。
水もとてもきれいで、以前は四万十川の源流点と言われていた場所が近くにあったのですが、現在は別の源流点が見つかったため、源流点ではありませんが、近くの川は四万川と言います。
現地の方は昔、「四万川みたいな川がよぉけ(たくさん)集まって四万十川になったがよ~。」と言っていました。僕は、その話が子供ながらに好きでした。
そんな山奥深い場所に年間70回くらい行きます。
毎年、いろんな光景を見ることができます。
シンビ作りの醍醐味の一つかもしれませんね。


さてさて、今日はカンランのお話を少し。
僕の住む高知県宿毛市は土佐カンランの里と言って良いくらい、たくさんのカンランが昔はありました。
土佐カンランの銘品の中でも超がつくほど有名なものに桃花の「日光」と素心花の「豊雪」があります。これらも宿毛で発見されたものですし、他にもたくさんの銘品が発見されています。

これほどに多く、またバラエティーに富んだカンランがあるということは、様々な条件で宿毛はカンランにとって生きていきやすい環境だったということですね。
黒潮の存在、海からの距離、温度、湿度、土壌、他の自生植物etc。

しかし、あまりに素晴らしいカンランが発見されるので、蘭ブームの頃(50年前くらいでしょうか)に
乱(蘭)獲が起こり、山からカンランが消えてしまうくらいに減ってしまいました。一時は趣味家もブローカ―もこぞって獲りまくったそうです。銘品が発見された谷なんかは何かの闘いの後のように、
掘り起こされた穴だらけの景色になっていたそうです。時代という言葉で片付けたくない悲しい事実です。

しかし、そんな危機的状況に瀕しても、カンランは山のどこかで息を潜め、また次、芽を出し、葉を広げ、寒風に揺れるあの凛とした姿を見せてくれるべく、生きているのです。
だから、今でも、たまにどこかの谷で見つかったなんて話を聞きます。

ちなみに近所のおじさんはカンランの趣味家が多いです。
近所のおんちゃんはランハンター。

最近の趣味家の方々はとても健全な感じがします。
むげに獲らないし、家の裏の小さなスペースで満足そうに栽培しています。
去年、地域の草刈りをしていた時に、山際の斜面にカンランを見つけた時も、趣味家のおんちゃんが、
「これは、まだ小さいし、この辺には少なくなってしもうたし、置いちょこうや。」と言って、獲りませんでした。おんちゃん、かっこえ~よ!!


カンランはまだ生きている。やっぱり宿毛は土佐カンランの里や!
大切にせないかん!

次回は、僕のライフワークの一つ、カンランの山再生活動について書こうかなぁ。
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by cymbist | 2010-07-21 20:42 | カンラン計画


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